LIFE-HEART MESSAGE
『誓言』の美学
Life-Heart Message.  2008.02.18.


 紡績工女を経て小学校代用教員となり、1917,23歳の年に橋本憲三と文通をはじめた
高群逸枝(タカムレイツエ)は、彼と会ったあと、『永遠の誓い』を書いた手紙を憲三に送った。
そこには、『私はあなたへの永遠の愛を誓います。
私に不正な行為があったら、あなたの処分にまかせます。
あなたのお手紙はたいせつにしまっています。恋しいあなたよ』とあった。

憲三は、じらしたあとに皮肉な返事を書いた。
『この世に永遠というものはありえない。瞬間のみがある。
まあ行けるところまで行きましょう。
あなたがぼくの手紙をたいせつにしてくれるのはありがたいが、手紙というものは
時の拍子で書くものだから、あとで恥をかくから焼いてくれ』

二人で『約婚す』と歌うのはさらに2年後のことになる。
二人は、次の言葉を残している。

『約婚す一千九百十九春 緑かがやく おおあめつちに----憲三』
『この心なににたとえん 一青のみ空くもらず 君と約婚す----逸枝』
惹かれ合いながら大きく食いちがっている若い二人のあいだにはさまざまな葛藤は
あったが、その夫婦愛には常人の及ばぬところがある。

借家に憲三の知り合い「路地裏連中」「無料寄宿人」が占領し、逸枝は台所の板の間へ
追いやられチャブ台で金稼ぎのための雑文を書く始末。
この梁山泊のごときを得意がっている憲三に、ついに逸枝が家出し、半狂乱で追いかけた
憲三の迎えで帰宅。
これを機に主従交代して妻のためだけに生きる憲三がやがて出現する。

これ以後の33年間、憲三のひたすらの支えが、逸枝の研究者としての才能を満開させてゆく。
『母系性の研究』『招婿婚(ショウセイコン)の研究』『女性二千六百年史』『日本女性伝』
『日本女性社会史』等、高群逸枝が夫橋本憲三の全面協力のもと、長年にわたる門外不出・
面会謝絶の研究生活をつづけて、膨大な資料を駆使しながらまとめあげたのである。

日本にかつて母系制社会が存在したことを実証したこの研究は、それまでの家族制度への
鋭い批判となり、女性の復権をうながすもので、女性史学の根拠となる大きな仕事であった。

彼女の死の2年前には、二人で『誓い』の言葉をのこしている。
知り合って45年間を記念して書いた誓言である。
『われらは貧しかったが//二人手をたずさえ//世の風波にたえ//運命の試れんにも克ち/
ここまで歩いてきた//これから命が終わる日まで//たぶん同様だろうことを誓う//
そしてその日がきたら//最後の一人が死ぬときこの書を墓場にともない//
すべてを土に帰そう』

相見てから45周年----高群逸枝は1964年、70歳の生涯を終えたが、その最後の日を
夫憲三は次のように記している。

『病院の廊下で付添いさんにあい、午前八時入室。逸枝の寝顔のあまりの美しさに、
さめるまで立ったままみとれていた。
また呼吸のやすらかさ。彼女は神だ。』


------慧光照無量 未来創庵  一色 宏