LIFE-HEART MESSAGE
『簡素』の美学
Life-Heart Message 2008.01.28.


『徒然草』第十段に『おほくの工(たくみ)の心をつくしてみがきたて、唐の、大和の、
めずらしく、えならぬ(得がたい)調度どもならべおき、前栽(草木を植えこんだ庭)の
草木まで心のままならず作りなせるは、見る目もくるしく、いとわびし』という兼好法師は、
人の住む家は簡素のほどよろしい、と・・・
西洋では、伝統的に『おほくの工の心をつくしてみがきたて』たる家が、最も望ましいと
考えられていた。

金持の家の応接間は、高価な宝飾物が溢れていて人々を惹きつけている。
日本人は控え目な表現が生み出す優雅さを愛する心を大切にした。茶の宗匠千利久が
追求した理想は、『さび』であり、これは「錆び」にも、また『寂れる』にも通じるものがあった。

当時日本の最高権力者であった豊臣秀吉の、成上り者的豪奢さへの反動として、純金の
茶室に対して、利休の『さび』は、資力乏しいゆえにそうせざるを得なかった人間の簡素
ではなかった。
簡単に得られる贅沢を拒否する心、黄金色に輝く新しい茶室よりは、物寂びた小屋を
賞でる心に通じていた。
といってこれは、羊飼い女の真似事をしていたフランス女王マリー・アントアネットとも
ちがっていた。
もともと日本人に具わっていた単純を愛する心の奥底にあった美的信念に戻ったことであった。

茶の湯は、芸術を裡にかくす芸術として、高貴な貧しさという衣装をまとった贅沢として
発達して来たもので、すべての事柄は、最も高度に発達した感性によって支配されている。
富が目立つことを避けるためへの配慮は、茶室の中で色彩、花の香り、食べ物の味など
押し殺して用いている。

きわめて渋みの勝った香りでなければならず西洋花の強く華やいだ匂いは言語同断である。
この控え目な表現を好む嗜好は、日本の風土に由来し、単純さと物事の天然自然を好む資質
の彼方に特有な美的理想『ほろび易さ』があった。
ほろびは美に欠くべからざる要素で、これは、しばしば美と愛のはかなさに対して注がれた
悲しみの情であった。

『世はさだめなきこそ、いみじけれ』と兼好法師は謳ったごとく、そのはかなさが
最もはっきり現われている様々な美への愛を表現した日本の文学は、世界中の文学の中で
特異なものであった。

金を使って入念にひびを修理した抹茶茶碗に見られるほろびの感覚、これが昔からまことに
珍重されたのは、正真正銘の骨董品としてではなく、長い間使っているうちに出て来る熟成の
可能性なしには真の美はありえないからなのだ。

『羅(絹)は上下(かみしも)はずれ、螺鈿(らでん)の軸は見落ちて後こそいみじけれ』
ものを使い古して、むしろ見すぼらしくなった状態を褒めた兼好法師、あるものを長い間
大切に使っているうちに、滲み出る深遠なる滋味の美。

詩聖タゴールは謳う、『この世界は味わい深く、大地の塵までが美しい・・・
こんな大いなる讃歌をわたしは心に唱えてきた』美はいたるところにある。
しかし、美を愛する心にしか姿を見せないのだ・・・・・・


未来創庵 一色 宏

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