LIFE-HEART MESSAGE
『簡素』の美学
Life-Heart Message  2007.10.17.(5)


「徒然草」第十段に「おほくの工の心をつくしてみがきたて、唐の、大和の、めずらしく、
えならぬ(得がたい)調度どもならべおき、前栽(草木を植えこんだ庭)の草木まで
心のままならず作りなせるは、見る目もくるしく、いとわびし」という兼好法師は、
人の住む家は簡素のほどよろしい、と・・・・・

西洋では、伝統的に「おほくの工の心をつくしてみがきて」たる家が最も望ましいと
考えられていた。
金持ちの家の応接間は、高価な宝飾物が溢れていて人々を惹きつけている。

日本人は控え目な表現が生み出す優雅さを愛する心を大切にした。
茶の宗匠千利休が追及した理想は「さび」であり、これは「錆」にも、また「寂れる」にも
通じるものであった。

当時日本人の最高権力者であった豊臣秀吉の、成り上がり者的豪奢さへの反動として、
純金の茶室に対して、利休の「さび」は、資力乏しいゆえにそうせざるを得なかった人間の
簡素ではなかった。
簡単に得られる贅沢を拒否する心、黄金色に輝く新しい茶釜よりは、物寂びた小屋で
賞でる心に、通じていた。
といってこれは、羊飼女の真似事をしていたフランス女王マリー・アントアネットとも
ちがっていた。
もともと日本人に具わっていた単純を愛する心の奥底にあった美的信念に戻ったことであった。

茶の湯は、芸術を裡にかくす芸術として、高貴な貧しさという衣装をまとった贅沢として
発達して来たもので、すべての事柄は、最も高度に発達した感性によって支配されている。
富が目立つことを避けるためへの配慮は、茶室の中で色彩、花の香り、食べ物の味など
押し殺して用いている。
きわめて渋味の勝った香りでなければならず西洋花の強く華やいだ匂いは言語道断である。

この控え目な表現を好む嗜好は、日本の風土に由来し、単純さと物事の天然自然を好む
資質の彼方に、特有な美的理想「ほろび易さ」があった。
ほろびは美に欠くべからざる要素で、これは、しばしば美と愛のはかなさに対して
注がれた悲しみの情であった。

「世はさだめなきこそ、いみじけれ」と兼好法師は謳ったごとく、そのはかなさが最も
はっきり現れている様々な美への愛を表現した日本の文学は、世界中の文学のなかで
特異なものであった。
金を使って入念にひびを修理した抹茶茶碗に見られるほろびの感覚、これが昔からまことに
珍重されたのは、正真正銘の骨董品としてではなく、長い間使っているうちに出て来る
熟成の可能性なしには、真の美はあり得ないからなのだ。

「羅(絹」は上下はづれ、螺鈿の軸は見落ちて後こそいみじけれ」ものを使い古して、
るうちに、滲み出る深遠なる滋味の美。詩聖タゴールは謳う。

「この世界は味わい深く、大地の塵までが美しいーこんな大いなる讃歌をわたしは心に
唱えてきた」美はいたるところにある。
しかし美を愛する心にしか姿を見せないのだ……


未来創庵 一色 宏