LIFE-HEART MESSAGE
『紋章』の美学
Life-Heart Message  2007.10.17.(2)


日本の紋章は西洋と違い、一部の上層名家にあったのではなく、広く各層の家々に紋章使用の
風習が徹底していた。
紋章は家々の歴史を背負っていた。

NHKの大河ドラマ時代劇に登場する「毛利元就」「赤穂浪士」「竜馬がゆく」
「利家とまつ」まで、そのどれを見ても、大半の人物が紋章を背負って登場した。
それらは単なる文様でもデザインでもな彼らの家のシンボルであった。
彼らの出処進退は、いろいろな意味と度合いにおいて、その家々の栄誉に規制されていた。
家の紋章を意識することなしには動くことはできなかったのであった。

紋章とはなにかーたしかに文様(模様)の一種ではあるが広い意味で、民族、家、国家、
軍団、自治体、結社、学校、商社などの有機的な関係において成立している一つの団体の
標識あある図様的特長をそなえた形象に固定したものを「紋章」と呼ぶことができる。

11世紀の前半ごろから王朝貴族宮中参賀退下、物見の際他人の車と紛れることを避けるため、
自家用車であった牛車にそれぞれ好みの紋章を描いたのがはじめであった。
諸事優雅をむねとした公家の人々においては、単なる目印としてではなく、装飾の美しい
ということが主な動機であった。

公家社会では家格も家職も世襲的に定着され、すべての面で旧儀先例を重んずる意識から、
父祖の好んだものを子孫が踏襲して家紋に結晶していった。
牛車から、さらに衣服や調度へも描かれていった。
家格高き家にとっては、それは家格の誇示にも役立ったのである。

「家紋」「定紋」「紋所」が最大に発達したのは戦国時代であった。
武家は、一族・郎党が団結して武器をとり、命をかけて敵と対決するため、敵味方を
一目して峻別する目印を旗に描く紋章が必要であった。
大将の居所本営示す陣幕の紋章はあくまで遠目の利くことに重点が置かれた。
その旗印のもとに結集し、結束を誓い死闘の覚悟をいっそう堅確にし、闘魂を結集して、
その向かうところに先導した。

かつてかれらの父祖もその旗のもとに身命を捧げたことを想起するとき士気は一段と鼓舞された。
旗は命をかけた連帯のシンボルであるとともに、栄誉のシンボルであった。

かの山内一豊が、家臣前野の紋章「立波紋」と自家の「三葉柏紋」と交換した「立波紋」の
寄せては返す怒涛に学ぶべき武将用兵の緩急ありと感じたからである。
命をかけて戦場を馳駆した昔の武士たちは、縁起をかつぎ、神仏の加護を祈り信仰に
安心立命を得ようとした心意気が強かったのは当然であった。

日本の紋章学では、紋章選定のモチーフを「尚美的意義」「指事的意義」「瑞祥的意義」
「記念的意義」「尚武的意義」「信仰的意義」に分類されているが、現代の紋章といわれている
企業の社章、シンボルにはたして広義の美と哲学があるのか深く考えさせられている。

宝暦のころの俳人四時亭紀逸の句に「家蔵の崩れはじめや紋所」警句だ!
「集団のシンボルは美しくなければならない」と哲学者は言った。


未来創庵 一色 宏