LIFE-HEART MESSAGE
『シンボル』の美学
Life-Heart Message  2007.10.17.(1)

1955年ジュネーブで、アイゼンハウア大統領と、ソ連のブルガーニン首相が
会見した。
目的は冷戦中心で、この会議では、軍縮と緊張緩和に大きな期待がかけられていた。
大統領が会議を終え、ワシントン空港に帰来したとき、あいにく雨が烈しく降っていた。
空港の役人は雨傘を用意して立っていたが、アイゼンハウアの側近はこれを拒み、
大統領はずぶ濡れになって屋舎に入った。

何故大統領は雨を避けようとしなかったのか。
彼は傘を持って写真におさまることは、どうあってもしたくなかったからである。

17年前の第二次大戦直前、もう一人の民主政治家ネヴィル・チェンバレンは、
一人の独裁者との会談のため、この地に飛来したが、この会議は周知のとおり
失敗に終わった。
当時チェンバレンに、世の人々が最も注目していたのは、彼がいつも洋傘を持って
いたことである。

彼の政策の失敗から、この傘が宥和、無気力、臆病のシンボルとなっていたのである。

17年後、アメリカの大統領が傘を持って写真に撮られるよりはずぶ濡れになるほうを
選んだのは、このシンボルがまだ重要性をもっていたからである。
すべての思考は見ることから始まる。と言われ、また、すべての思考は表象的であり、
表象作用は形態の把握から始まるからである。
表象となるシンボルは私たちの生活で、日常気づく以上に大きな役割を演じている。
誕生の時から埋葬まで、私たちの一生には、シンボルであらわされた行為が行きわたっている。

私たちの社会的慣習の大半は、服装と同じく、シンボル化されている。
[いやシンボルのイメージに囲まれていると言ってもよい。
大小さまざまの形で、いたるところで、シンボルに出会う。新聞、雑誌、TV、会社、
街中、政治に、又芸術に、宗教に、教育に、宣伝に。
シンボルの使用は人間の行動を左右する最も効果的な方法である。
この事は先史時代の岩の彫刻や洞窟の中の絵画から、現代の社会運動まで、およそ、
人間生活と思想は、シンボルに満ちている。

人はシンボルのために生き、シンボルのために死んでいくこともある。
Symbolという語はギリシア語に由来し、古代ギリシアでは、二人の人間が
契約を結ぶとき、木や金の平板、陶器を二分して、この断片を分けあい、後日この契約を
実行に移すとき、この断片を合わせることによって、さきの契約を確認した。
この「合わせる」という意味のギリシア語(Symballein)が「合わされるもの」
(symbola)、すなわちシンボルとなった。
また「めじるし」となった。
ゆえに、集団のシンボルは絶対に美しくなければならないと言われている。

詩聖タゴールは言った。
「美は真理の微笑みである」と・・・・また哲学者エマーソンは、
「美は神が徳の上につける印である」と・・・・

未来創庵 一色 宏